閑話 〜小春日 (お侍 拍手お礼の四十五)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


特にいつどきとまでは決めぬまま、
請け負い仕事の狭間であったり、
ちょっとした切っ掛けであったりと、
その時々に気の向いたそのまま。
思い出したようにという描写が正にそのまま当てはまるような
突然の来訪となることが多い勘兵衛とその連れ合いという二人を、

 『もうもう、どうして電信ででも、
  明日にも着くぞという一言でもいいから、
  ひょいと先触れ、して下さらぬのですか?』

そうしておいて下されば、
離れだってそりゃあ綺麗に掃除もしましょう、
布団だってふわふわになるよう干しておきましょうに。
そうそう御膳だって酒肴だって、
板さんに言ってとびっきりの御馳走を揃えていただいて。
お客の半分ほどからをご遠慮いただき、
脂粉の香りもほどほどに、上等高級
(こうと)な香を焚きしめ。
そりゃあもうもう、ここから二度と離れたくはなくなるような、
そんな準備を万端整えた上で、
手ぐすね引いてお待ち致しますものをと。

  ―― ほんに いけずな御主なのだから。

再会を喜びつつも、
そこのところへの至らなさがどうにも口惜しいと、
いかにも恨めしそうに言う若主人のお顔をこそ、
ああこれでこそ戻って来れたという楽しみのようにして堪能する、
小意地の悪い元上司を島田勘兵衛といい、

 『なんの、こうまで持て成されて、何の不服があろうものか。』

真夜中の到着になろうと、
雨と泥にまみれての裏手の掘からの乱入となろうと、
“あれ、やっとのことお越しになられた”とばかり、
歓喜のざわめきこそあれ、逗留を断られた試しはなく。
それどころか…通りすがりのつもりでも、
はっしと襟首掴まれたそのまんまの引きずり込まれて、
風呂だ酒だ、久蔵殿は生菓子の方がいいですね、
ほれ辰っつぁん出番だよ、あいよ…とばかり。
十分過ぎるほどの饗応が降ってくる構われよう。

  ―― 我らをどれほどの数寄ものと思うておるのだか。

こういう店の旦那衆というものは、床の間に飾って女将が眺めるだけのもの、
すっかりと楽隠居も同然で、顔も体もあちこち緩んでしまう身のはずが。
だっていうのに相変わらずに、気も利いての芸達者、
今でもその笑顔へ太夫たちがぽうとのぼせる伊達男ぶりも健在な、
小紋を粋に着こなす色白の美丈夫の方は、
その名を七郎次といって、元は勘兵衛殿の副官だったとか。
この界隈どころか、店の者らにも、
元は軍人さんだったらしいということ以外、
全てがつまびらかにされてる訳じゃあないけれど。
どちらもその表情に深みのある、
そりゃあ頼もしい人性をしておいでの男衆二人。
濡れ縁への障子を開け放ち、
深まりつつある秋の気配を陽に感じての、
夕餉前だがまま一献と、ゆったり構えておいでの様は、
雄々しきかたがた相揃いての、精悍壮健な構図でありながら、
だのに微かに やさしい甘みもほの滲み、
得も言われぬ色香も仄かに立つから不思議。

 「…ほら、またですよ。」
 「? 何がだ?」

先程から、口許が綻んでばかりいなさって。
そうまで上等な酒でなし、さては思い出し笑いというやつですね。
かつての昔、戦時中だったのだから致し方がないとは言え、
精悍なお顔の彫を更に深くするほど、
苦虫かみつぶしたような顔ばかりなさっておいでだった御主なだけに。
人前でほんのりと、喜色を噛みしめて見せるなど、
まずはあり得なかったことではないかと、
その傍らにずっとあった副官だったからこそ気づいたとの指摘を差し向けて、

 「こたびの旅の空ではいかがお過ごしだったのですか?」

不自由などはありませなんだか?
久蔵殿とは仲睦まじくなされてましたか?
その連れ合いの青年侍とも、重々意を通じ合っている七郎次なればこそ、
屈託なく訊いてみたところが、

 「…まあ、何だ。」

  おや。

微妙に語調を濁らせてしまわれる。
先程から苦笑なさっておいでだったのは、
もしかしたなら諍いでも抱えておいでの身なの、
年甲斐もなくと自嘲なさってのことだったのかしら?

 “そういえば…。”

久蔵殿は着いてのすぐさま外へと出て行かれたまま、
なかなか戻って来ない様子。
どこへとは言い置かれなんだけれど、
この街の上層部に邸を構えておいでの差配の綾磨呂殿や、
中層部に本部のある警邏隊の兵庫殿など、
彼個人が交流を持つ知己もいて。
そちらを訪ねたものと思い込んでの、
深く詮索はしなんだけれど。
居場所がない身ではないという、
家出もどきの外出だったとしたら……?

 「何ですか? 話して下さいませな。」

自惚れるような言いようになりますが、
久蔵殿は私には素直に甘えても下さるお人。
まだまだ幼子のようなところもおありでの、
他愛ないことでヘソを曲げてしまわれているのであれば、
何でしたら御心ほだすお手伝いも致しましょうぞと。
きれいな白い手小粋に添わせ、白磁の銚子を傾けたれば。
ととと…と澄んだ音弾ませてそそがれた清酒を、
味のある口許へ仄かに浮かべた苦笑ごと、くいと飲み干した勘兵衛で。

 「いやなに。大したことじゃあないのだが。」

膳へ盃をおくと、変わらぬくせでその顎髭を撫でて見せ、

 「昨夜の寝ぎわにな。他愛ないことからヘソを曲げおって。」
 「他愛ないこと、ですか?」

ああ。何であったか覚えておらぬほどの瑣末なこと。
おお、そうそう。
どちらが先に、身を擦り寄せて来たかというよなことであったような。

 「…はい?」

憤然といきり立ってしもうたそのまんま、
寝具一式 隣りの間へと引き摺って行ったほどだったものが、
明け方にはちゃっかりと、こっちの懐ろへ収まっておっての。

 「ははあ。」

梅漬けや青とうなどの、苦手なものが膳へ上れば、
好物であっただろう?などと白々しい言いようをして
こっちへと寄越してせいせいしておるしの。
そうかと思えば、
請け負った務めの後には必ず“検分”を欠かさぬのも変わらずで。
宿によっては風呂場の脱衣場で、
気が済むまでとの立ちん坊を強いられる。
打ち身でもあろうものなら、
痣が引くまで朝な夕なに様子見しおって、
治りが遅いと触れられぬとばかりに恨まれる。

 「な、なるほど?」

相変わらずといえば、膝の上を指定席扱いにしておるのも変わらぬでな。
あやつがなかなか太らぬ性分だから助かっておるが、
日頃の、無聊をかこつておる折などは素知らぬ顔で通していやるくせに、
猫なぞがひょいとこの膝へ上がって来ようものならば、
じぃーっと睨み据えての追い払ってしまってから、
それこそ用向きもないままに、わしわしと上がって来る強引さでの。

 「我儘なところがどんどん増長しおって、手を焼いておる。」

お主のように素直で従順な連れには、
どうでなりそうには無さそうだのと思うてな。


  「…はあ、さいで。」

  ―― たとえ そうとならなくとも、十分満足してらっしゃるのではなかろうか。


言わずもがななことだけに、わざわざ言うのは野暮かも知れぬと。
そりゃあ楽しげに盃を傾けなさる御主の微笑へと、
薮蛇だったらしいななんて、今更ながらに気がついて。
ちょっぴり勘が鈍ってることをば自覚した、
蛍屋のうら若き旦那様だったみたいでございます。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.10.22.


  *ちなみに、久蔵殿はといえば、
   似たような愚痴(?)を兵庫さんに聞いてもらってたら笑えます。
   怪我の治りも遅くなって、もう若くはないのだから、
   荒ごとは自分に任せてくれればいいのにとか、
   自分一人の身体じゃあないのだから、大事にしてくれねば困るだとか。
   言葉を知っているんだか知らないんだかな言いようへ、
   遠路はるばる惚気にきたのかと、
   兵庫殿が青筋立てて怒り出すのに、
   さあ今日は何刻かかるでしょうかなんて…。
(苦笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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